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【カマタマーレ讃岐】選手名鑑(2017〜)

自分の備忘録として、
ウォッチを始めた2017年以降に讃岐に所属した選手及び指揮を執った監督について、
在籍時の印象等を書き残していこうと思います。

なお、在籍中の選手は含みません。


あ行か行さ行た行な行は行ま行や・ら・わ行



○あ行○

青戸翔(2022年)
ドイツ5部のクラブを経るなどしながら2021年にお京都で結果を残し、
引き上げられる形で讃岐に加入したストライカー。
185cmの長身だがセカンドトップ的な振る舞いに特長があり、
右HSからボックス内に侵入していく際にはゴールの匂いを漂わせた。
2022年はチーム2位の3得点を記録するなど
J3で十分に通用するプレーぶりを見せていたが、讃岐との契約は満了。
2023年は宮崎へと完全移籍することとなった。
(add:23/03/23)

赤星雄祐(2019年)
熊本ユース在籍時に当時の上村監督に指導を受けた「上村チルドレン」として
FC徳島より2019年に加入したMF。
左足から放つ意外性のあるパスが持ち味だが、
フィジカルやプレースピードの不足でその個性を発揮するまでには至れなかった。
同年をもって退団すると、2020年は無所属、2021年から関東1部のエスペランサに所属。
2022年7月、
自身のInstagramにて水頭症の手術を行ったことを発表。
現在は引き続きエスペランサに籍を置きながらリハビリ中。
(add:23/02/26)

麻田将吾(2018年〜2019年)
京都の下部組織で育ち2種登録も経験した左利きのCBで、世代別代表の経験も豊富。
讃岐には2018年に期限付き移籍で加入し、その期限を延長する形で2019年もプレーした。
2018年は対人守備の脆さと弱気が露呈する場面が何度も見られたが、
2019年は徐々に逞しさを身につけシーズンを通し主力として活躍。
戦い方の問題で讃岐ではさほど活かされなかったが、左足から繰り出すフィードが武器。
2020年に京都に復帰すると、2021年にポジションを奪取。
2021年のJ1昇格、2022年のJ1残留に貢献した。
(add:23/02/13)

浅沼優瑠(2020年〜2021年)
YS横浜、相模原、栃木を経てやってきた、左足からの展開力が特長のGK。
クラブや施設のマスコットとすぐに仲良くなれるという特殊スキルも持つ。
2021年はシーズンの半分以上を第2GKとして過ごし、
その間に2試合の出場機会を得るも活かし切ることが出来ず、
同年オフをもって契約は満了。
2022年は個人昇格で長崎に所属したが1年間で契約満了となり、
2023年は新宿に籍を移してプレーする。
(add:23/03/09)

阿部要門(2021年)
2021年の夏に山形から育成型期限付きでやってきたCF。
185cmの長身に加えスピードもまずまずあって面白い素材だったが、
当時のゼムノビッチ監督が明確な役割を与えられず、
短い出場時間を最前線で漂うだけにさせてしまったのは
彼にも山形にも申し訳なかった。
2022年からは青森に育成型期限付き中。
(add:23/03/16)

荒堀謙次(2018年〜2019年)
キレのいいドリブル突破と左右を問わずにプレー出来ることが特長のSB/SH。
良い時は独力でサイドを切り裂いて好機を生むが、
悪い時は軽率な飛び込みで対面の相手に入れ替わられるなど
好不調の波が大きく、
怪我がちだったこともあって
在籍した2年間でインパクトを残すことは出来なかった。
讃岐を満了となって年が明けた2019年2月に現役引退を発表。
以降は地元の滋賀に戻り、ジョイサッカースクールにて育成年代の指導にあたっている。
(add:23/02/13)

アラン(2017年)
明るい性格と高校生時に来日していることに拠る流暢な日本語を携え、
ブラジル人選手の通訳も兼務していたFW/CB。
2013年に加入するもなかなか出場機会を得られないでいたが、
2017年の夏場にCB起用されるとその快速でチームにハイラインという選択肢をもたらし、
シーズン後半はレギュラーとして活躍。
この働きが評価され、同年オフに金沢へと引き抜かれて行った。
金沢での2年間は怪我に悩まされて出場0に終わり、
2020年に関東2部のエスペランサへ完全移籍。
2022年までプレーしていた。
(add:23/01/16)

アレックス(2017年〜2018年)
2002年に川崎へ加入してから福岡、柏、千葉、鹿島、徳島と渡り歩き、
若かりし頃は前線でもプレーしていた左SB。
讃岐には2017年夏に加入し、
確かな左足と攻守におけるベテランならではの駆け引きで貢献してくれた。
年齢によるスピード不足をカウンターで狙い撃ちされてしまったことで
2018年は失点に絡んだ印象が強くなってしまったが、
彼の加入直後に記録した2017年夏の5連勝は今でも語り草である。
日本での生活の長さから日本語でのコミュニケーションにまったく問題が無く、
讃岐での契約満了をもって現役を引退すると
徳島でユースのアシスタントコーチに就任した。
(add:23/02/02)

池田航(2021年)
横浜FMの下部組織で育ち、2019年の2種登録を経て2020年にトップ昇格を果たした左SB。
2020年夏の相模原への育成型期限付きに続く武者修行という形で
2021年に期限付き移籍で加入するも、
2試合72分の出場に留まった(他にベンチ入りが1試合)。
短い出場時間でもわかるほどにWB向きの選手ではなく、
その意味ではいわゆる「上野山ショック」の煽りを受けたとも言えるが、
4バックが続いていたとしても、薩川淳貴の壁は高かったように思われる。
2022年は横浜FMに復帰したが夏にはマルヤスへと育成型期限付きとなり、
同年オフに双方の契約が満了。
2023年はエスペランサでプレーすることになった。
(add:23/03/16)

池谷友喜(2019年〜2020年)
いわゆる「上村チルドレン」の1人として2019年に加入したMF。
尽きることのないスタミナでピッチを縦横無尽に駆け回るダイナモで、
相手守備網のギャップに入り込んでボールを受ける動きも巧み。
熱量と意識の高さが感じられる発信も相まって、サポーター人気も高かった。
所属した2年間を主力として過ごし翌年以降の活躍も期待されていたが、
「自分をより高めるため」と関東1部への昇格を果たした直後の新宿を移籍先に選び、
香川の地を去って行った。
カテゴリどうこうでないこの選択は、いかにも彼らしいものであると言える。
なお、2023年シーズンも新宿でのプレーとなる。
(add:23/02/28)

イ・ジュヨン(2017年)
2017年夏に千葉から期限付き移籍で加入した韓国人CB。
加入してすぐに負傷離脱があったものの、
最終盤に復帰を果たすと5試合連続のスタメンフル出場でシーズンを終えた。
強さ、高さは十分なものがあったが
マークする相手を離してしまう、見失ってしまう場面がチラホラあった印象。
シーズン終了後は讃岐との期限付き移籍、千葉との契約が共に満了となり、
母国の江原FCへ完全移籍。
2019年にソウルイーランドFC、2020年には富川FC 1995でプレーした。
2018年にイ・テホへと改名をしている。
(add:23/02/04)

市村篤司(2017年〜2019年)
豊富な運動量をベースに右サイドを上下動してクロスに持ち込む、
クラシカルなプレースタイルの右SB。
熊本、横浜FCでの活躍があっての加入だったこともあり期待は高かったが、
讃岐に来てからの3年間は怪我がちで本領発揮とはならず。
2019年シーズンをもって引退すると夫人の実家があるという熊本に移り、
会社員をしながら自らが立ち上げたセリオサッカースクールにて
小学生年代の指導を行っている。
(add:22/12/31)

伊従啓太郎(2022年〜2023年)
U-12から川崎の下部組織で育ち大卒ルーキーとして加入したCBで、
長身を活かした空中戦とフィードを武器とする。
まずまずの出場機会を得たルーキーイヤーから一転、
2年目の2023年は天皇杯でボランチ起用を試されるなどしたものの
リーグ戦にまったく絡むことが出来ず、オフには契約満了となってしまった。
2024年はJFLを戦う三重に完全移籍。
(add:24/02/08)

上野山信行(2021年)
釜本邦茂が主催する少年サッカークラブで指導者としてのキャリアをスタート。
G大阪の下部組織での圧倒的な実績を誇る日本でも屈指の育成のスペシャリストであり、
アパレル業界で成功を収めていた池内秀樹社長がサッカー界に飛び込むきっかけを作った人物。
池内社長が讃岐での仕事に難儀しているさまを見て「お手伝いしましょうか」と声をかけ
2020年にクラブ初のGM職に就任という形で讃岐にやってきた。
目標を必ず成し遂げるという強い意思を感じさせる言動、語調で積極的な発信を行うと同時に、
自らサポーターとの交流にも乗り出してすぐさまその心を掴んだ。
アカデミーを含めた全体に目を配ることで新しい讃岐の礎を築くものとして
大きな期待が寄せられていたが、2020年オフに状況が一変。
翌年の監督人事に難航するさなか、池内社長の強い要望によりGM兼任で監督に就任することとなる。
トップチーム監督としてのキャリアの無さ、
監督としての仕事が上手くいかなかった時にGMとしてどうなるのかが
不安の声としてサポーターから上がったが、案の定、これが的中してしまう。
開幕からの2試合を酷い内容の0−2、0−4敗戦で終えると、
池内社長の慰留も虚しく監督、GMとも電撃辞任した。
いわゆる「上野山ショック」である。
電撃辞任そのものに加え自身からコメントを残すことすらなく讃岐を去ったことで
サポーターの印象はハッキリ言ってすこぶる悪い。
本件に関しては監督就任を強く要請した池内社長の責も大きいと思うが、
いずれにせよ、上野山氏はせめて自ら言葉を紡ぐべきだっただろう。
なお、現在はアサンプション国際高校で監督をしている。
(add:23/03/21)

上村健一(2019年)
現役を引退した熊本にて指導者に転身し、
2013年に非常に珍しい「コーチの期限付き移籍」でトップチームのコーチとして讃岐に加入。
翌2014年には完全移籍を果たした。
北野誠監督(当時)の右腕としてチームのJ2残留に貢献を続けるうちに
サポーターからは「北野監督の後継者」と目されるようになり、
実際に北野監督の退任を受けて(一騒動がありながらも)2019年に監督に就任。
攻撃的なサッカーを掲げ
4−1−4−1を基本にボール保持時に3バック化する可変スタイルで
シーズン序盤はまずまずの滑り出しを見せるも、
対戦相手から対策が施されると手詰まりとなってしまい、
怪我人が続出したことも相まって成績は急降下。
結局、18チーム中14位でシーズンを終えることとなり、1年の契約を満了して退任となった。
2020年以降は中国に渡り、
2020年に広州富力(現・広州城)のコーチ、2021年に同クラブでU-14監督を務め、
2022年は武漢三鎮足でU-17チームの指導にあたっている。
(add:23/03/07)

内田瑞己(2022年)
大卒ルーキーとして加入した右SBで、
小柄ながら当たり負けしないフィジカルと
攻守両面でベクトルが前を向いている時の強さが魅力。
シーズンの大半で3バックを採用していた讃岐ではWBにも問題なく適応。
波のないプレーぶりでシーズンを通して試合に絡み続けると、
同年オフにJ2町田へと個人昇格を果たした。
讃岐を去る際のリリースに寄せたコメントにおいて
文末に「カマタマーレ讃岐 内田瑞己」と添えるようなナイスガイ。
(add:23/03/23)

エブソン(2017年)
190cmの長身と身体能力の高さが売りのCB。
超人的で信じられないようなスーパープレーと
考え難い凡ミスや集中力の欠如とが同居する選手で、
そのプレーぶりはサポーターから「エブソン劇場」と呼ばれていた。
2014年夏にブラジルのコリンチャンス・アラゴアーノから期限付き移籍をしていたG大阪から
更なる期限付き移籍で加入すると、
2015年、2016年はやはりブラジルのサンタ・リタからの期限付き移籍で讃岐でのプレーを続け、
2017年は完全移籍に移行。
いよいよ腰を据えてポジション獲りかと思われていたが、
夏場に全治3ヶ月の負傷(左膝外側半月板損傷)で戦線を離脱すると、
オフには契約満了となってしまった。
その後は2018年にサウジアラビアのアル・ファイサリー、
2019年にタイのチエンマイでプレーしていることが確認されている。
(add:23/02/02)

遠藤元一(2021年〜2022年)
熱の籠もったプレーと味方を鼓舞出来るリーダーシップが頼もしいCBで、
カバーリング能力、空中戦、足元の技術も十分。
所属した2年間は代えの利かない選手として大いに貢献してくれた。
サポーター人気も高く、
西野貴治を失うこととなったDFラインで名実共にリーダーとなることが期待されたが、
「最下位の選手」を覆す活躍をした彼が他クラブから放って置かれるハズはなく、
2023年はオファーを受けた岐阜でのプレーを決断し、香川の地を後にした。
(add:23/03/17)

大沢朋也(2017年)
2013年に加入し2017年までプレー。
ボールスキルに秀でたトップ下/セカンドトップタイプの選手で、
それゆえに、J2残留のために弱者の戦いを強いられていた讃岐において
加入当初(2013年はJFL)から出場機会が減っていってしまったのはやむなしのように思う。
(同時に、ボールを握りたいシチュエーションのために
 当時の北野誠監督がそれでも手元に置いておきたかったのも理解できる)
2017年に讃岐で満了となった後はトライアウトを受けてチームを探すも
新たな所属先が決まることはなく、
年が明けて2018年の1月14日に
現役引退と大宮の地域プロデュース部U-12コーチに就任することが発表された。
現在も同職。
(add:23/01/05)

岡村和哉(2017〜2018年)
陽気なキャラクターで所属したチームのいずれもで愛されたCB/DH。
2013年夏に長崎からの期限付き移籍で讃岐に加入すると
翌2014年には完全移籍となり、契約満了となる2018年まで主力として活躍。
2017年、2018年はCBを中心にプレーし、
抜群の危機察知能力を基にシュートブロックのために体を投げ出し続けた。
DHでもプレー可能だが、
ボール保持時のプレースピードを考えると適正はCBと言えるだろう。
讃岐を契約満了となった後は北九州、岐阜でプレーし、
2023年は香川県1部のSONIO高松に籍を移し現役を続ける。
(add:23/01/28)

荻野広大(2017年)
2016年7月に京都からのレンタルで加入。
2017年はレンタル期間を延長する形で讃岐でプレーした。
出場記録を調べると2016年はそれなりにプレー時間を得ていたようだが、
2017年は序盤に多くの試合でベンチ入りを果たすも
「実質的に(兼務する選手を含む)DHで5〜6番手」という位置づけから脱することが出来ず、
3試合65分の出場に留まった。
どのような特長を持つ選手なのかが見えず終いだったというのが正直な印象だ。
2018年の京都復帰後もレンタル移籍を繰り返し、2020年に契約満了。
2021年より九州リーグを戦うジェイリースFCに所属している。
(add:22/11/24)


あ行か行さ行た行な行は行ま行や・ら・わ行


○か行○

金井貢史(2023年)
横浜FMの下部組織で育ち、世代別代表にも常時選出されていた右SBで、
トップ昇格を果たした横浜FMを皮切りに7つのクラブを渡り歩き、2023年に讃岐に加入。
どのクラブでも愛された、明るく熱量のあるキャラクターと
「N(何故)S(そこに)K(金井)」という言葉が生まれるほどの、
SBながら抜群の得点感覚が魅力。
合言葉は「ギラギラしてこーぜ」。
2023年シーズンは開幕前からシーズン序盤にかけてチームを牽引したが
川ア一輝の右SBコンバート等により試合に絡めなくなっていった。
最終節を前に現役引退を表明し、2024年からは横浜FMのスクールコーチに就任。
(add:24/02/07)

我那覇和樹(2017年〜2019年)
しなやかなポストプレーとシュート技術の高さが光るFWで、
現時点でクラブ唯一の日本代表経験者。
積極的な発信を行ったり、
人の和の中心に立ったりするようなタイプではないが
周囲からの人望は厚く、
2014年の加入以降、有形無形を問わず多くのものをもたらしてくれた。
年齢等の影響もあって2017年以降は出場時間を大きく減らし、
2019年をもって契約満了。
福井を経て、2022年からは九州リーグを戦うジェイリースでプレーしている。
(add:23/01/08)

神谷椋士(2020年〜2022年)
大卒ルーキーとして加入したFWで、
狭いスペースでボールを受ける技術やSHを兼務出来る能力を持つ。
ルーキーイヤーはよくベンチに絡み、
限られた出場時間且つMFでも起用された中にあって2得点を上げるも、
2年目は刈谷へと期限付き移籍となった。
復帰した3年目はFW登録が増やされた陣容でMFでの起用に終始。
出場した試合では常に守備に追われる、自身も負傷してしまう等、
プロの世界でこの言葉を使うのは不適当なのだろうが「ツイてない」一年で、
オフには契約満了となった。
川崎からの期限付き移籍により2023年は甲府でプレーする神谷凱士は、双子の兄。
(add:23/03/09)

川ア一輝(2020年〜2023年)
大卒ルーキーとして加入した当初は
足元の技術に自信を持つ2列目と前線のマルチロールだったが、
1年目の秋口にチームが3バックを導入したことが転機に。
右WBでポジションを掴むとタフに戦える選手として右サイドに君臨し、
在籍した4年間で、SH、WB、SBとどのポジションであっても高い適応力を示した。
2022年には前年をもって引退した高木和正から10番を引き継ぎ、
ポスターにも単独で起用されるなどクラブが「顔」として押し出そうとする存在に。
コンスタントな活躍ぶりゆえサポーターは常に引き抜きに怯えていたが、
2023年オフ、J2を2位で終え新シーズンをJ1で迎えることとなった磐田からのオファーを受けて
飛び級でのJ1クラブ移籍というリリースが出されると、
怯えから一転、歓喜の声が沸いた。
(add:24/02/12)

木島徹也(2017年〜2019年)
2012年、28歳で当時J2の松本にてJに辿り着いた晩成型のストライカー。
独りでカウンターを完遂出来る能力があり、
2015年に讃岐に加入すると翌2016年からは主戦FWとなる。
身体の強さや右足の技巧で頼れる存在であった一方、
気性の荒さから競り合いで手や肘が出てしまうことが多々あり、
2020年に完全移籍した東京23FCでは契約解除に直結する行動を起こしてしまった。
2011年〜2012年の松本、2015年〜2017年及び2019年に讃岐で共にプレーした木島良輔は実兄。
(add:23/01/16)

木島良輔(2017年、2019年)
独特のリズムを持つドリブルで相手守備陣に混乱をもたらすアタッカー。
2013年、JFLを戦う讃岐に加入するとベストイレブンに選ばれる活躍でJ2昇格に貢献。
翌2014年のJ2・J3入れ替え戦(vs長野)におけるJ2残留を決めるゴールは
クラブ史を語る際に外すことは出来ないだろう。
2017年時には既に年齢とコンディションの問題で試合に絡む機会は限られていたが、
交代の準備でピッチサイドに立つだけでスタジアムの雰囲気を変えてしまう存在感があった。
ある時期の「やんちゃな讃岐」の代表的な選手で、サポーター人気も高い。
2019年シーズンをもって現役を引退し、現在はACミランアカデミー千葉でGMを務めている。
2011年〜2012年の松本、2015年〜2017年及び2019年に讃岐で共にプレーした木島徹也は実弟。
現時点で詳細な日時は未定だが、
コロナ禍で開催が見送られていた引退試合が2023年中に行われる旨が讃岐から発表されている。
(add:23/02/04)

北野誠(2017年〜2018年)
現役を引退した京都で指導者の道に入り、熊本でトップチームでのコーチ、監督の経験を経て
地元のクラブであるカマタマーレ讃岐をJへと押し上げるために2010年に就任。
2010年に四国リーグ優勝、2013年にはJFL2位及びJ2・JFL入れ替え戦の勝利をもって
見事に2014年からのJクラブ入りを果たす。
2015年からの3年間は苦戦を重ねながらもどうにかチームをJ2残留に導いて来たが、
2018年は力及ばずJ3への降格が決定。
同年をもって讃岐の監督を退任した。
本質的にはボールを握って能動的に仕掛けていくサッカーを志向するが、
讃岐ではJ2残留というミッションに向けて彼我の戦力差等を鑑みた現実的なサッカーを貫いた。
4−4−2をベースに配置する選手や細かな約束事で相手の長所を消しながら
クセのある選手たちを束ねて勝点を拾っていくさまは、
他サポからがいわゆる「ヒール(悪役)」に映ることも。
在任期間中はあらゆる面で環境が整わないクラブに対して提言をしつつ、
実質的なGMとして選手のリクルートにも奔走。
フロント仕事と現場仕事の両面で、クラブに多大という言葉では済ませられない程の貢献があった。
チームを降格させてしまったシーズンのホーム最終戦において胴上げで送り出されたことは、
彼がこのチームにどれだけのものをもたらして来たのかが示されたエピソードと言えるだろう。
讃岐を退任したあとは岐阜、ノジマの監督を歴任。
現在は京都を活動の拠点とし、
本気でWEリーガーを目指す女の子のためのサッカースクール「ウィレイル」の運営と同スクールでの指導、
2023年シーズンは京都1部を戦うことになるマッチャモーレ京都山城の監督などを行っている。
Twitter等で使用している「北野サッカー誠」の表記は同姓同名のお笑い芸人との混同を避けるたに考案されたもの。
(なお、お笑い芸人の方の北野誠氏は自身のラジオ番組名を用いた「北野ズバリ誠」の名前でTwitterをやっている)
(add:23/02/10)

キム・ホヨン(2020年)
右足から繰り出すミドルレンジのパスを武器とする韓国人CB。
当初はCBの5番手と目されていたが、
序盤にポジションを掴み主力としてシーズンを過ごした。
プレーが荒いわけではなかったが、
楔のパスに食いついてのイエローカード8枚は貰い過ぎだったと言える。
讃岐との契約は2020年の1年限りで満了。
(add:23/03/10)

栗田マークアジェイ(2020年〜2022年)
スピードと陽気な笑顔、くるくる変わる髪型がトレードマークのストライカー。
大卒ルーキーとして加入した2020年は順調な滑り出しを見せ得点を重ねるも、
対戦相手のマークが厳しくなりだしたこと、
チームからロングボールを収める役割も課せられるようになってきたことで
プレーに迷いが見られるように。
2年目のシーズン後半などは完全に躍動感が失われてしまっていた。
3年目となる2022年は鈴鹿へと期限付き移籍し、シーズン終了後に契約満了。
2023年はオーストラリア3部相当のウェリビーシティFCでプレーすることとなった。
加入して2試合2ゴールと同クラブで早速の活躍を見せている。
(add:23/03/08)

後藤卓磨(2021年〜2023年)
四国リーグを戦うFC徳島での活躍が評価されて讃岐に引き上げられたMF。
ミドルサードで時間を作るキープ力、
パンチのあるミドルシュート、
背中で相手を消す守備の巧みさなどを備えており、
彼が入る時にのみトップ下のポジションが用意される向きまであったが、
数字が残らなかったからか、2023年をもって契約満了となった。
2024年は枚方へ完全移籍してプレーする。
(add:24/02/06)


あ行か行さ行た行な行は行ま行や・ら・わ行


○さ行○

佐々木匠(2018年)
小学生年代から仙台の下部組織で育ち、
世代別代表での豊富な経験や16歳でのトップチームベンチ入りなどから
「仙台の至宝」と呼ばれたMF。
讃岐には育成型期限付き移籍で加入し、
特長である高いボールスキルと精緻な右足で攻撃を牽引した。
2018年は1試合を残してJ3への降格が決定したシーズンだが、
彼の存在が無ければもっと早い時期に降格が決定していただろう。
それだけの戦力であったことに加えて、
負けず嫌いがオモテに出るプレーぶりでサポーターの人気も高かった。
2019年の山口への育成型期限付き移籍を経て2020年に仙台に復帰するも
主力として活躍することは叶わず、
2022年より愛媛へと完全移籍してプレーしている。
(add:23/02/16)

佐々木渉(2018年〜2022年)
相手の逆を取るパス、ドリブルを得意とする技巧派MF。
F東京の下部組織で育ち世代別代表や2種登録でのトップ出場の経験を持つ。
讃岐では2019年の上村体制でアンカーとして絶対的な存在となるが、
同年終盤に右膝十字靭帯断裂の大怪我を負ってしまう。
翌2020年の最終盤に復帰を果たすも、
その後は出場すれば攻撃面で一定以上のプレーを見せながら
コンスタントな出場機会には繋がらず、
2022年をもって契約満了。
2023年はマルヤスに籍を移してのプレーとなる。
(add:23/02/16)

薩川淳貴(2020年〜2021年)
大卒ルーキーとして加入した左SBで、
左サイドを倒れるまで走り切る献身姓と仕掛けの際に見せるぬるぬるとしたドリブルが特長。
シーズン半ばからチームが3バックを採用した2020年は森川裕基の存在もあって
IHなどのポジションで出場機会を掴んでいたが、
森川が移籍した2021年は左WBのポジションをきっちりと確保し、
彼の抜けた穴を感じさせずにスタメンを張り続けた。
2022年は大卒3年目を迎えるという1人の選手としての焦りの中、
現実的にJ2昇格を掲げられる鹿児島からのオファーを受けて移籍を決断。
讃岐を後にすることとなった。
現在も鹿児島で主力として活躍中。
(add:23/03/08)

澤田健太(2019年〜2022年)
濱口草太に続くアカデミーからのトップ昇格第2号選手で、
長短のパスを捌いて試合を作るボランチ。
高3年時には讃岐U-18をプリンスリーグ四国昇格へと導く活躍があったが、
トップでの試合出場は2019年の2試合6分に限られ、
2022年は育成型期限付き移籍で福山にてプレーし、同年オフに契約満了となった。
2023年は福山に完全移籍。
(add:23/02/28)

重松健太郎(2018年〜2022年)
F東京の下部組織からトップ昇格を果たした後、町田等を経て2018年に加入。
無回転FKやワンタッチによる崩しのアイデアを持つFWで、
万能型にカテゴライズしていい能力の持ち主だが、
体格もあってCFとして武器であるとは言い難い
「相手DFを背負ってボールを収める」仕事を讃岐では要求され続け、
その意味で編成の犠牲者だったと言うことが出来るだろう。
献身的なフォアチェツクも含めて、
黙々と役割に向き合ってくれた彼の姿勢に対して、
チームは報いることが出来なかったと思う。
2022年シーズンをもって契約は満了し、鳥取へと完全移籍した。
(add:23/02/19)

清水健太(2017年〜2020年)
2015年より所属し、在籍期間中を通して正GKとして君臨。
彼の抜群のシュートストップにより拾った勝ち点1、失わずに済んだ勝ち点2は数多あり、
−1を免れた得失点差は数え切れないだろう。
連発する神セーブに元来の愛称であるシミケンが合わさり「カミケン」と呼ばれた、
クラブのレジェンドである。
2020年シーズンをもって現役を引退するとGKコーチに転身。
2021年、2022年は讃岐で同職を務めた。
(add:22/11/18)

杉山弾斗(2020年〜2021年)
世代No.1左SBの評価を受けて2018年に千葉でプロ入りした左SB。
讃岐には2020年に期限付き移籍で加入し、
その期間を延長する形で翌2021年もプレーした。
開幕当初は左SBのスタメンを争っていたが、
チームが3バックを採用してからは存在感を失っていき、
2021年はベンチに絡むことも出来なかった。
同年オフに讃岐との期限付き移籍期間及び千葉との契約が満了となり、
2022年からは都農に完全移籍してプレーしている。
(add:23/03/09)

鈴木拳士郎(2018年〜2019年)
沼津、磐田の下部組織で育ち、磐田U-18時代には2種登録も経験したボランチ。
球際に強く行けることとボールを捌けることが特長。
怪我がちではあったものの出場した試合でのデキはまずまずで、
主力へと成長してくれることが期待されていたが
生まれ故郷の沼津から請われ、2019年オフに完全移籍していった。
Instagramのストーリーズから伝わる家族、親類、地元を大事にしている彼の人間性を知れば、
この決断に対して紡ぐ言葉は無いだろう。
2023年現在も沼津に所属している。
(add:23/02/19)

砂森和也(2017年)
JFLを戦うHondaから引き上げられる形で2016年に加入した左SB。
左足から放つ高精度のクロスが魅力という話は聞こえてきていたのだが
春先に左アキレス腱断裂という大怪我を負った影響もあり
2017年は1試合のベンチ入りも叶わず、オフに沼津へと完全移籍していった。
2019年の鹿児島への完全移籍を経て、2023年は長野で開幕を迎える。
(add:23/01/28)

瀬口拓弥(2017年〜2019年)
大卒ルーキーとして2011年に加入。
チームのJ2初年度となる2015年までは守護神として活躍するも、
清水健太の加入後はその後塵を拝する形となった。
しかし、ある意味で彼の資質が生きて来るのは実はここからで、
第2、第3GKの立場でありながらチームにしっかりと貢献する姿勢が評価され
2019年、J3の讃岐で契約満了となりながらもJ2の徳島に個人昇格。
2021年途中に期限付き移籍で、翌年には完全移籍で新潟に籍を移し、
2023年は新潟の昇格に伴いJ1の選手としてシーズンを迎えることとなった。
(add:23/01/28)

ゼムノビッチ・ズドラブコ(2021年)
1988年に旧ユーゴスラビアのFK BSKバタイニツァにて指導者歴をスタートさせたセルビア人。
1995年に来日を果たすと、
J1の清水とJ3の岐阜でのトップチーム監督を筆頭に、
指導する年代もクラブのカテゴリもクラブへの関わり方も様々ながら
永く永く日本サッカーに関わり続けた人物で、
2021年4月、「上野山ショック」に揺れる讃岐の監督に就任。
同年2月に就任したばかりの相生学院高校監督の座を辞しての出来事であった。
(相生学院高校には本当にご迷惑をお掛け致しましたm(_ _)m)
シーズン中の就任ということで
直前までの戦い方を踏襲する形で試合に臨みながら
モチベーターとしての一面でチーム状態を落ち着かせてくれたが、
およそ1ヶ月半に及ぶサマーブレイクが明けてからも
ゼムノビッチ色が出る、戦術的な上積みが為されるといったことは無く、
内容、成績とも下降して行き最下位でシーズンを終え、退任することとなった。
日本語でのコミュニケーションに問題がないことや温厚な性格、
何より火中の栗を拾ってくれたことへの感謝で
就任当初はサポーターから大いに歓迎されたものの、
監督としての手腕については就任リリース時からあった懸念を拭えなかったというのが
正直なところである。
なお、2022年からはコーチとして相生学院高校に復帰している。
(add:23/03/22)

ソン・ヨンミン(2018年)
世代別代表の経験が豊富な韓国人GKで193cmの長身を誇る。
シーズンの半分を第2GKとして過ごし、
Jデビューも果たしたが契約更新には至らず。
1年で讃岐を去ることとなった。
(add:23/02/16)


あ行か行さ行た行な行は行ま行や・ら・わ行


○た行○

高木和正(2017年〜2021年)
左足の正確なキックでリスタートを担当し、
豊富な運動量と左SBから中盤全域までをこなす戦術眼で貢献するMF。
広島でデビューしたのちに山形、岐阜、栃木と渡り歩き、
地元である讃岐がJ2昇格初年度を迎える2014年に「凱旋」。
以降は「地元出身の10番」としてチームの顔であり続けた。
2021年をもって現役を引退すると、2022年3月にBESFORTサッカースクールを開校。
香川県内の小学生、中学生の指導にあたっている。
(add:23/01/08)

高橋拓也(2021年〜2023年)
前年のJ3最下位から一気にJ3優勝を果たした2019年の北九州の正GKで、
2021年の讃岐加入後もその能力を十分に発揮。
2022年西村体制では目に見えて守備範囲の広域化と足元の向上があり、
クラシカルなプレースタイルからの進化を遂げつつ
在籍3年間のうち2年と1/3、守護神としてゴールマウスに君臨した。
また、今村勇介に定位置を明け渡した格好となった後も
味方を鼓舞する、雑務を率先して行うといったベンチでの様子が度々DAZNの画面端に映り込んでおり、
チームの一体感を生む献身性を感じさせた。
2023年は主将で、人格者であることも伝わっていた選手なので
讃岐から手放すことを想像しづらく、
迎える2024年はポジション奪還へ仕切り直しの年になるかと思われたが、
結果として讃岐との契約は満了となり、関東1部を戦う東邦へと完全移籍することとなった。
(add:24/02/09)

竹内彬(2018年〜2021年)
名古屋、千葉で活躍していたCBで、右SBでもプレー可能。
読みを活かした対人守備、パスの振り分け、統率力に特長があり、人格者としても知られる。
苦境に喘ぐ讃岐をJ2に残留させるべく、
2018年夏に、主将を務めていた大分から期限付き移籍で加入。
すぐさま最終ラインに君臨してチームの立て直しに奮闘するが、残留は叶わなかった。
去就が注目される中で迎えた2019年の新体制発表会において
サプライズで完全移籍加入が発表されると会場が凄まじい歓喜に包まれたエピソードは
わずか半年の在籍、しかもチームを降格させてしまった1人でありながら
既に絶大な人気を得ていたことを示している。
2019年からは3年連続で腕章を巻き、主戦CBとしてプレー。
2021年をもって現役を引退すると「強化担当兼地域連携リーダー」としてそのままフロント入り。
現在も讃岐を支えてくれている、
(2023年より地域連携リーダーは兼務のまま、強化部長に昇格した)
(add:23/02/23)

武下智哉(2021年〜2023年)
丸亀市出身でU-15、U-18を経てトップ昇格を果たした「讃岐っ子」で、
高校2年生時の2019年から2種登録をされていた期待株。
最大の特長である圧倒的なスピードを活かすべく、
本職は右SBでありながらU-18ではWG起用されることもあった。
3年目となる2023年は13試合に出場し、
まずまずのシーズンを過ごしたように思えたが、
同年をもって契約は満了。
2024年は東海1部をリーグを戦う刈谷へと籍を移すこととなった。
(add:24/02/02)

武田有祐(2017年〜2019年)
京都の下部組織で育ち、U-18時代には2種登録も経験した右SBで、
讃岐には2014年に大卒ルーキーとして加入。
ニアポストまで届くロングスローを武器として
2017年〜2018年はコンスタントに出場機会を得ていたが、
抱えていた腰痛の状態から2019年は夏場からベンチにも入れない日々が続き、
シーズンを終えると引退を決断した。
2020年1月より株式会社京都パープルサンガに入社し、営業を担当している。
滋賀県草津市にある「焼きたてパン工房 ぱんふれ」は武田の御両親が開いたパン屋さんで、
時折、武田自身も顔を出しているようだ。
(add:23/01/26)

田中英雄(2018年)
神戸で永く活躍したボランチ。
降格の影がチラついてきた2018年の夏に、
その危機を回避するために宮崎から期限付き移籍で獲得。
特長である運動量とボールハントの能力をはじめ、
あらゆる面で中盤のクオリティを引き上げてくれたが、
チームは悪い流れを食い止めることが出来ずにJ3への降格が決まり、
彼との期限付き移籍契約もそのまま満了となった。
2019年からは枚方でプレーして2022年をもって現役を引退。
(add:23/02/23)

玉城史也(2017年)
2016年に大卒で加入したMF。
ルーキーイヤーは唯一ベンチ入りした第19節の熊本戦で15分の途中出場に終わり、
2017年は一度もベンチに絡むことが出来ず、契約満了に。
2018年は枚方でプレーしていたが、同年オフには退団している。
(add:23/01/28)

チョン・サネ(2020年)
岐阜、鈴鹿を経て加入した韓国人MF。
中盤中央で技巧を発揮するタイプという話だったが…。
開幕から3試合連続の途中出場でいずれも試合のレベルについていけず、
第4節のベンチ入りを最後に試合に絡むことがなくなると、
本人からの帰国を希望する申し出を受け入れる形で、8月26日付けで退団した。
帰国後は驪州大学校に進学している。
(add:23/03/10)

綱田大志(2017年)
2008年、当時は四国リーグを戦っていた讃岐に加入した古株であり、
J2昇格までの時期を主戦として支えた功労者。
2017年は出場時間が短く、
プレイヤーとしての特徴を把握出来たとは言い難いのだけれど、
起用のされ方も含めて
「ハードワークと球際を武器にする守備専従型ボランチ」のように映った。
讃岐を満了後はFC徳島へ移籍して2018年の1年間プレー。
2019年より徳島のスクールコーチとして活動している。
(add:23/01/16)

ドゥンガ(2022年)
鳥栖より期限付き移籍で加入したCF。
2021年にケニア代表に招集された(試合出場は無し)経歴と
2018年のアレックス以来久しぶりの韓国籍以外の外国籍選手として
期待は高かったが、
189cm、80kgのがっしりとした体躯に西村監督(当時)が求めたものと
彼自身の特長が合致しなかったことと
同じポジション、役割に松本孝平という絶対的な存在がいたこととで
出場時間を伸ばすことが出来なかった。
同年オフに讃岐との期限付き移籍期間及び鳥栖との契約が満了している。
(add:23/03/25)


あ行か行さ行た行な行は行ま行や・ら・わ行


○な行○

中島大貴(2017年〜2018年)
2017年に大卒ルーキーとして加入。
190cmの長身を誇るCB。
肩の負傷などがありつつもスタメン出場の機会をそれなりに掴んでおり、
このまま主軸へと成長してくれるものと思っていたのだが、
J3降格が決まった2018年のオフに当時J3へ完全移籍となった。
これは短期的にも中長期的にも痛い移籍だったように思うのだけど、
2019年に指揮を採ることになっていた上村健一が彼の足元の技術を踏まえての判断を下して、
(後方から繋ぐサッカーを志向する上で「何人かは技術的に厳しい」と
 編成に関与したことを伺わせるコメントを残している)
更新オファーを出さなかったのかも知れない。
なお、秋田を2019年に満了となると同時に現役を引退している。
2023年からは奈良でプレーするMF中島賢星は実弟で、
2022年に行われた彼のJ通算150試合出場を祝うセレモニーにて
久しぶりに中島の姿を確認することが出来た。
当該画像は
こちら
(add:22/12/24)

仲間隼斗(2017年)
圧倒的な運動量とボールへの執着心に加えて柏のアカデミー育ちらしい確かな足元を持つMFで、
中盤全般とセカンドトップで能力を発揮する。
相手への寄せの強さが勢い余って不要なコンタクトとなることがままあるのは難点か。
所属当時25歳という年齢もあり、
讃岐で長く観ることが出来る選手ではないなという印象を抱いていたが、
案の定、2017年オフに岡山に引き抜かれていった。
2020年には10年越しとなる「柏トップへの昇格」を果たし、
2022年からは鹿島でプレーしている。
(add:23/01/19)

中村駿太(2021年〜2022年)
柏のアカデミーで育ち、飛び級でのU-19選出も含め世代別代表の経験も豊富なFW。
育成型期限付き移籍で2021年に山形より加入し、
期間を延長して2022年も讃岐でプレーした。
讃岐ではMF起用も含めてチャンスメイクに関わる役割に回り、
2列目からの仕掛けや運動量を活かしての顔出しで貢献。
上のカテゴリーから来た選手としての強い自覚があり、
その姿勢に惹かれるサポーターも多かった。
讃岐との育成型期限付き期間満了と同時に山形との契約も満了となり、
2023年はオーストラリア3部相当のセント・ジョージFCへと完全移籍した。
(add:23/03/17)

中村亮(2019年〜2021年)
ともすれば球離れが悪いという印象になってしまう程のキープ力と
鋭い切り返しによる突破力とを兼ね備えたMFで、
2018年度のMr.阪南大に選出される程のイケメン。
チームとして内容が乏しくなっていた2019年の終盤には
組み立てからフィニッシュまで攻撃の全権を握る活躍を見せ希望の光となるも、
翌2020年からは3−3−2−2のフォーメーションの中で居場所を見つけることに苦労し、
2021年いっぱいで契約満了となってしまった。
2022年からは九州1部を戦う都農に移籍してプレーしている。
(add:23/03/02)

長澤拓哉(2017年〜2019年)
2017年に大卒ルーキーとして加入した、左サイドで力強い上下動を見せるSB。
なかなか試合に絡むことが出来ずにいた中、
2019年終盤に継続して得た出場機会ではまずまずの内容を見せたが
同年オフにあえなく契約満了となってしまう。
翌2020年の夏に渡邉大剛の伝手もあって品川CCに加入し
同クラブの掲げる「1.5キャリア」をスタートさせるも、
怪我の影響などで満足にプレー出来なかったようで
今後はビジネスマンになりたいとの考えを表明し2021年6月に退団した。
(add:23/01/31)

永田亮太(2017年〜2020年)
2015年に加入した、柔和な笑顔が印象的なMF。
試合単位でもシーズン単位でも波のないプレーで主戦ボランチとして活躍。
いわゆる「Box to Box」に分類されるスタイルでありながら、
ピッチ中央を推進力や圧力を見せて駆け上がるイメージとは程遠く、
「いつの間にかゴールの匂いのする場所にフリーでいる」ステルス性が特徴。
この特異さはリスタートの際にも度々発揮されていた。
2020年をもって引退すると指導者の道に入り、
翌年の2021年より讃岐U-15で中学生年代を担当している。
(2021年はコーチ、2022年は監督)
(add:23/01/02)

鯰田太陽(2022年〜2023年)
正確な右足によるリスタート、スルーパスが特長のボランチ。
U-12から柏の下部組織で育ち、東北では常勝の仙台大を経て2022年に加入した。
2021年9月には特別指定選手として讃岐でのプレーを始めており、
すぐさまリスタートを担当するなど大きな期待を抱かせてくれたが、
2022年の西村体制、2023年の米山体制においては
プレーの強度や連続性といった部分で指揮官が求める基準を満たせず、
出場時間を伸ばすことが出来なかった。
2023年をもって讃岐との契約は満了となり、
2024年は関東1部を戦うエリース東京へ完全移籍。
(add:24/02/05)

奈良坂巧(2023年)
J2の町田から期限付き移籍で加入した長身CBで、
標準レベルの足元は備えつつ、売りは「高さ、強さ(そして熱さ)」というCBらしいCB。
サイドに引っ張り出された時などに脆さが垣間見えはしたものの、
シーズンを通して主戦選手としてプレー。
町田でトップチームのコーチを務めていた頃から彼を見ていた米山監督のもとで、順調な成長を見せ、
町田、讃岐の双方にとって成功と言える期限付き移籍となった。
なお、2024年はJ1昇格を果たした町田に戻ってプレーすることとなる。
(add:24/02/13)

西野貴治(2019年〜2022年)
187cmの長身を活かした空中戦を武器とするCBで、
リスタートから年間で1〜2点を計算して良いレベルにあった。
高校生になると年代別代表の常連となり所属のG大阪でも早々にポジションを掴むが、
度重なる怪我によりキャリアがやや停滞し2019年に完全移籍で讃岐に加入。
しかし、再起を期したこのシーズンで第2節に右アキレス腱断裂という大怪我を負ってしまう。
これは、彼にとってはもちろん、2019年のチームにとっても大きな出来事だった。
翌2020年には復帰を果たすも、
在籍した4年の間にシーズンを通して主力としての活躍をすることは叶わなかった。
2022年シーズンをもって現役を引退。
(add:23/03/07)

西弘則(2017年〜2019年)
推進力のあるドリブルと右足の豪快な一発を持つサイドプレイヤー。
SBとSHを左右問わずにこなしてくれるユーティリティー性は
チームの戦い方の幅を広くしてくれた。
2009年に熊本でプロキャリアをスタートさせ、
2011年から2015年までプレーした大分を経て、
2016年に讃岐へ加入して2019年に引退するまでの
11年間に渡るプロ生活において、
年間平均出場試合数が30を数えていることは大きく評価されるべきだろう。
(年間出場試合数の最小数は2018年の16試合。
 現役最終年となった2019年も27試合2163分プレーしている)
(add:23/01/26)

西村俊寛(2021年、2022年)
2009年にアミティエSC(現:お京都)にて指導者としてのキャリアをスタート。
讃岐には2012年にU-18監督に就任する形でやってきて、
以降、立場を変えながらトップチームに関わり続けてきた。
【2021年】
同年はトップチームダイレクターの肩書で仕事をしていたが、
「上野山ショック」を受け、暫定監督として第4節、第5節の指揮を執った。
フォーメーションを昨季までの3−3−2−2に戻し、「戦う気持ち」を強調。
自信を失っていたチームにどうにかファイティングポーズを取らせることに成功し、
第6節よりゼムノビッチ氏へと監督を引き継いで
トップチームダイレクターの仕事へと戻って行った。
【2022年】
2021年オフに正式に就任、2022年のチーム始動日より監督としてチームを預かった。
「長い距離のスプリント」「戦術を用いたボール運び」等を掲げ、
特に、ボールを持つ/運ぶという部分についてはシーズンを通じて成長が見られたことで
戦いの場がJ3に移ってからはいちばん希望が持てる試合をするチームとなったが
残念ながら成績には結びつかず(18チーム中17位)、同年をもって退任した。
(add:23/03/22)

西本雅崇(2021年〜2022年)
U-12からC大阪で育ちトップ昇格まで果たした、生粋のC大阪っ子。
豊富な運動量とボールを奪い切る力を持ちボランチを本職とするMFだが、
中盤全般と3バックの一角も高いレベルでカバー出来る。
所属した2年間は波のないプレーぶりで主力として活躍するも、
2022年をもって契約は満了。
日本語での情報が見つからないのだが、
2023年1月からタイのチェンライ・シティFCでプレーしているモヨウ。
(add:23/03/14)


あ行か行さ行た行な行は行ま行や・ら・わ行


○は行○

パク・チャニョン(2018年)
愛媛、山口を経て2018年に加入した韓国人CB。
地上戦で相手を捕まえてさえいれば及第点以上の対人の強さがあるが、
4バックのCBに入ると捕まえておくべきところでそう出来てはいない場面が散見された。
そうした部分を踏まえると、適正ポジションは3バックの右だったのかなと思う。
所属当時22歳という年齢もあり、
ボール保持を含めた伸びしろについては来季以降と思われたが
2018年の1年限りで契約は満了となってしまった。
讃岐を退団後は韓国へ戻り、慶州、全南、浦項と順調にステップアップを果たしている。
Instagramのストーリーズを見ると、
節ごとのベストイレブンに選ばれたことやチームが重要な試合に勝利した様子などが
時折投稿されており、
その活躍ぶりを感じることが出来るだろう。
(add:23/02/13)

服部一輝(2019年〜2020年)
明治大学で十分な実績を残し2017年に富山でプロキャリアをスタートさせたGK。
プレーぶりからは、反応速度がやや遅いのをバネの強さで補っているような印象を受けた。
2019年の讃岐加入後、2020年には第2GKとしてシーズンを過ごしながら
終盤には翌年の正GK起用を思わせる7試合連続のスタメン出場があったが
同年をもって契約満了となった。
福島、八戸を経て2023年はF大阪に完全移籍して開幕を迎える。
(add:23/02/26)

馬場賢治(2017年)
前線〜中盤のマルチロールで、右足のアウトサイドキックが代名詞。
2016年に加入し、在籍した2年間は主力として活躍。
2017年、5連勝を含むいい時期では最前線から少し引いて受ける役割を担い、
預ける側の渡邉大剛と共にアタッキングサードにかかるエリアで
攻撃のための時間と余裕を作り出していた。
問題だと思われる部分については真正面から指摘することを厭わない性格で、
大分への完全移籍が決まった際のリリースでは
練習場を転々とせざるを得ないクラブの状況について苦言を呈していた。
讃岐を去ったあとは大分、岐阜、鹿児島でプレーして2020年シーズンをもって引退。
現在は自身が起ち上げたアパレルブランド「MIND PLUS」の運営の他、
近畿大学でコーチを行っている。
(add:23/01/10)

濱口草太(2018〜2019年)
ドリブルによる仕掛けと左足から繰り出すパスでチャンスメイクを担うSH。
クラブ史上初となるアカデミーからのトップ昇格選手で、
当人もその自覚を強く持っており
「後に続く選手たちのために」とトップチームでの活動に臨んだが、
2年間での試合出場は2試合22分に限られた。
2020年の高知、2021年の期限付き移籍での福山を経て、
2022年より完全移籍で福山へ移りプレーしている。
(add:23/02/19)

林友哉(2018〜2021年)
高校2年生時の2016年に長崎で2種登録の経験があるFW/MF。
讃岐加入当初に在籍していたベテラン勢が絶賛したフィジカルと、
3列目からトップまでどこでもこなせる器用さを兼ね備える。
2018年8月に高知への期限付き移籍を経て復帰した2019年は、
複数のポジションをこなしながらスタメン出場を続けるも怪我を繰り返して離脱。
2020年はFWとして序盤に定位置を掴みながらも程なく出番を失い、
いずれのシーズンも主力として定着するまでには至れなかった。
2021年夏の中断期間中にYS横浜へ期限付き移籍をすると、同年オフにはそのまま完全移籍へと移行。
しかし、2022年をもって契約満了となっている。
(add:23/02/23)

原一樹(2017〜2018年)
多彩なシュートでフィニッシャーとして活躍するFW。
時折見せるアクロバティックなプレーも魅力。
前所属である北九州での活躍により得点源として期待され2017年に加入し、
主戦FWとして過ごした讃岐の2年間では
「最低限これくらいは」という数字をきっちり残してみせた。
身体に負荷のかかる練習環境を理由に2018年オフで讃岐を去り、
2019年は熊本、2020年〜2021年はお京都でプレーして現役を引退。
現在は自身が起ち上げた株式会社S.U.Kの代表取締役を務める他、
ストライカー研究所を主催し各地でサッカークリニックを行っている。
(add:23/01/23)

福家勇輝(2017〜2019年)
地元出身の期待を背負い2014年に大卒ルーキーとして加入したFW。
アジリティ、裏抜けのタイミングで勝負するタイプ。
なかなか出場機会を掴めないでいたが
2018年終盤に、2月に負った右膝前十字靭帯損傷からの復帰を果たすと
2019年は開幕スタメンの座を勝ち取り出場時間を大きく伸ばした。
しかしながらブレイクには至らず、同年オフに契約は満了。
2020年、2021年と刈谷でプレーして現役生活を終えた。
引退後は勇輝蹴球運動研究所を起ち上げ、
香川県内で小学生年代の指導を行っている。
(add:23/01/23)

ブラウン ノア 賢信(2020年)
横浜FMの下部組織で育ち、世代別代表や2種登録の経験を持つFWで、
大きなストライドを活かした裏抜けを得意とする。
2020年の横浜FMトップ昇格と同時に期限付き移籍で讃岐に加入すると、
シーズン後半はスタメンに定着。
サイド奥に長いボールを蹴って彼を走らせる形は1つのパターンだった。
2021年の水戸への完全移籍及び沼津への育成型期限付き移籍を経て、
2022年から完全移籍した沼津で現在もプレー中。
(add:23/03/10)

ペ・スヨン(2019年)
2019年にガンバ大阪より期限付き移籍で加入したCBだが、
当時の上村監督は彼の188cmの長身とがっしりした体躯を前線で活かす選択をして、
主にパワープレー要員として起用。
18試合751分の出場時間で2得点を記録し、彼もそれに応えたと言える。
讃岐への期限付き移籍、ガンバ大阪との契約は共に2019年をもって満了となり
翌年以降は母国の韓国の忠南牙山FCでプレーしている。
パートナーと思しき長身美女との仲睦まじい2ショット写真をInstagramに上げ続けていたが、
2022年の11月にそのすべてが削除されてしまった。
(add:23/02/26)

北條大地(2017年)
U-18所属のGKで、高2時の2017年にクラブ史上初めての2種登録選手となった。
プレーする機会こそ無かったものの
彼にとってもクラブにとっても大きな出来事だったと言える。
神戸学院大学に進学後はサッカーを本格的にプレーしてはいないようで、
公認会計士試験に合格したことが
同校の記事で伝えられている。
(add:23/02/09)


あ行か行さ行た行な行は行ま行や・ら・わ行


○ま行○

松岡ジョナタン(2021年)
名古屋U-18からトップ昇格を果たしたCFで、
柔らかなポストプレーからゴール前に侵入してのプレーを得意とする。
パラグアイ国籍を持ち、同国のU-18代表に選出された経験もある。
讃岐には2021年に育成型期限付きで加入するも試合に絡むことが出来ず、
9月にこの契約は終了となり、即座に福山へと育成型期限付き加入することとなった。
その後、2022年は福山へ、2023年は関東2部を戦うエリース東京FCへと完全移籍している。
(add:23/03/17)

松原修平(2017年)
明るいキャラクターですぐにチームに溶け込んだGK。
第3GKとしてシーズンを迎えるも、
チームが不調を囲う中でスタメン出場のチャンスを得た試合では見事に勝利。
しかしながら定位置を奪い切るには至らず、
序列を1つ上げ第2GKとして常時ベンチ入りをするに留まった。
年齢も含め清水健太の後継者としての期待が高まっていたが、
岡山所属時代に縁のあった布啓一郎が新シーズンより監督に就任することになっていた
群馬からのオファーを受けて完全移籍して行った。
本項に記述していることや2017年の讃岐の雰囲気について、
彼が記しているnoteに詳しいことが書いてあるので
是非とも一読して欲しい。
讃岐を去ったあとは群馬、湘南、群馬、京都と籍を移し、
2022年より札幌でプレーしている。
(add:22/12/26)

松本孝平(2022年)
2017年に名古屋でプロ入りするまでの異色のキャリアと、
JFLのマルヤス、枚方を経て2022年に讃岐へと這い上がってきたドラマを持つCF。
攻守両面でボールに対する貪欲さを見せ、
高さと強さを兼ね備えた身体を活かしたポストプレーや献身的なフォアチェック、
何よりもゴールでチームへ貢献する。
2022年はエースとして最前線に君臨し、
オフにJ2甲府へと個人昇格を果たすことになる活躍ぶりだった。
チームの広報活動にも協力的で、その屈強さからは想像し難いがベジタリアン。
(add:23/03/23)

松本直也(2020〜2022年)
大卒ルーキーとして加入したCBで、左足も苦にしない足元が特長。
1年目に弱気な部分と対人守備の不安が顔を覗かせるも、徐々に克服。
3年目となる2022年はチーム事情から起用されたDHで新境地を切り開いたが、
メンバーとやり方が固まって行く中でDHでもCBでも序列を覆すまでには至らず、
同年をもって契約満了となった。
2023年シーズンはジェイリースFCへ完全移籍してのプレーとなる。
(add:23/03/08)

溝渕雄志(2022年)
2020年、2021年と栃木でバリバリ活躍していた、右サイドで槍となれるSB/WB。
2022年はフリーの立場となり欧州移籍を探っていたが、世界情勢の悪化により断念。
晩夏になり地元のクラブである讃岐に電撃加入した。
地元出身で、直近の十分なキャリアがあり、
彼自身が意気込みと意識の高いコメントを出したことでサポーターの期待は高く、
実際に登録から即座に出場しプレースキックを担うなどしていたが、
コンディションなのか連携面なのか10月の声を聞くと途端に試合に絡めなくなった。
同年オフ、契約リリースの殿として現役引退を発表。
年齢的にはこれから最盛期を迎えようというタイミングだったが…。
その後、自身のInstagramにて経営コンサルタントへの転身を報告した。
また、現役中に日焼け止めクリーム等を扱うブランド「IMME(イムエ)」を起ち上げている。
(add:23/03/25)

望月一仁(2020年)
現役を引退したヤマハにて指導者としてのキャリアをスタートさせ、
90年代から00年代半ば辺りまでに静岡で育成年代を過ごした有力選手の口からは
かなりの頻度で名前が挙がる人物。
育成型クラブへの転換を宣言した讃岐にまずまずマッチした人選だったと言える。
讃岐の監督としては
「フォーメーションと配置でのみ狙いを授けてあとは選手に任せる」といった采配で
(あるいは授ける策を持たないと映った人も多いかも知れない)
3−3−2−2の採用により一時的にチーム状態を上向かせたが
シーズン終盤には成績同様に試合内容も振るわないものになって行き、
一年で退任することとなった。
讃岐退団後は、2022年より沼津で強化部長を務めている。
(add:23/03/13)

森川裕基(2017年〜2020年)
身体の強さと戦術理解度の高さが特長のオールラウンダー。
2015年に大卒ルーキーとしてFW登録で加入するも、
出場時間を伸ばしていく過程で様々なポジションを与えられた結果、
GKを除くすべてのポジションを経験し
「緊急事態が起きたポジションには森川を充てがえば取り敢えずは大丈夫」と思わせる程に。
2019年、2020年は左WBとして絶対的な存在となり、
生え抜き選手ということもあって
高木和正が担っていた「顔」としての役割の後継に名乗りかと思われたが、
活躍すれば当然上位チームの目に留まるわけで、
2020年オフに長野へと引き抜かれて行った。
現在も同チームに所属。
(add:23/01/31)

森本ヒマン(2023年)
見た目からしてわかるフィジカルの強さと裏抜けが武器のCFで、
とりわけフィジカルに関しては
相手との競り合いで当人としては不本意な笛を吹かれる場面も散見される程の強さであった。
(同様に、空中戦での身体の使い方について吹かれて当然の場面も多々あったが…)
準レギュラー的な扱いでシーズンを過ごす中でそれなりに決定的な場面を得ていたが
思うようにゴールに繋げることが出来ず、
また、守備面における貢献で同じポジションである赤星魁麻に明確に及ばなかったこともあって、
9月に入った辺りから存在感を失ってしまった。
枚方から(おそらくは買い取りオプションを含む)期限付き移籍で加入していたが、
2024年は枚方に戻ってプレーすることに。
(add:24/02/11)


あ行か行さ行た行な行は行ま行や・ら・わ行


○や・ら・わ行○

柳田健太(2019年〜2020年)
赤星雄祐、池谷友喜と共に「上村チルドレン」として2019年の上村健一監督就任時に加入。
正確な状況判断と精緻な右インサイドキックで試合を作っていく右SBで、
チーム全体で押し込むことで自身が高い位置にまで進出出来れば、
ニアサイドへの鋭いクロスも持っていた。
加入直後から2020年の夏場までは主力として活躍していたが、
チームが3バックを採用するとWB適正の乏しさからほどなくポジションを失い、
同年オフをもって契約満了となった。
2021年シーズンからはJ.FC MIYAZAKI(現:都農)に完全移籍して、
現在も同クラブでプレー。
(add:23/02/28)

山本翔平(2017年)
J2とJFLを行き来するキャリアの中、2013年に30歳で当時JFLの讃岐に加入したDH。
球際に強く行けることとミドルパスを左右に振り分けられることが特長で、
ドイス・ボランチの一角としてよりもアンカーとしての方が活きる選手のように見えた。
出場試合/時間を調べると加入当初は主戦DHだったことが伺えるが、
年を追うごとに準レギュラー〜試合のクローズ要員といった立ち位置になっていき、
2017年のチームではDH専任の選手としては3番手の位置付けながら
序列としてはDH兼任の選手たちよりも下にあり、
ベンチ入りの頻度に対して出場機会はかなり限られていた。
同年オフに契約満了となり、2018年にお京都で1年間のプレーののち引退。
2019年に出身地である長岡京市に「ソルビスタサッカースクール」を起ち上げ、
現在も同スクールの代表兼コーチとして育成年代の指導を行っている。
(add:23/01/30)

ユン・ソンホ(2017年)
枚数が不足していたCBの補強として開幕前日に加入が発表、
第4節より追加登録となったDF。
192cmの長身を利した空中戦がストロングポイントだったが、
彼自身は6試合198分の出場に留まり、
チームは夏の市場でイ・ジュヨンを獲得したという点からも、
出場させられる水準に達していなかったことが伺えた。
2017年オフに契約満了となった後は2018年に高知でプレーしているが、
こちらも1年間で契約満了となっている。
(add:23/01/30)

吉井佑将(2022年)
攻撃の選択肢=FWを増やすことを志向した2022年のチーム編成で眼鏡にかない、
中国リーグを戦う福山より加入したFW。
ピッチの左半分でボールを持った時の滑らかなドリブル突破と
技術に裏打ちされたアイデアのあるプレーで特にシーズン終盤はアクセントとなっていたが
守備やプレーの連続性といった不足部分を打ち消すにはゴールが必要だったか。
在籍わずか1年で契約満了となってしまった。
2023年はYS横浜に完全移籍し、J3への生き残りには成功した。
(add:23/03/25)

吉馴空矢(2021年)
C大阪の下部組織で育ち、2種登録の経験を経てトップ昇格を果たしたMFで、
讃岐には育成型期限付き移籍で加入した。
右サイドの選手という話だったが、
限られた出場時間の中で左サイドもIHもこなし、
ボールホルダーへの寄せや果敢な仕掛けで
途中出場の選手に求められるものを見せていた。
2022年は育成型期限付きでF大阪でプレーし、2023年から完全移籍となった。
(add:23/03/16)

李栄直(2017年)
高さ、ボールを捌く能力、前線での迫力を持つオールラウンダーで
讃岐では初挑戦となったCBを基本に、DHでもプレー。
当時の北野監督が開幕戦で組ませたエブソンとのCBコンビには浪漫の香りが漂った。
在籍中に北朝鮮代表に選出、中心選手としてE−1選手権を戦っており、
全国ネットの地上波で所属クラブとしてカマタマーレ讃岐の名前がテロップで躍った際には
多くの讃岐サポが歓喜したが、
そうした代表活動のさなかに「2017年の讃岐」が固まってしまったこと、
その能力が当時東京Vの監督であったロティーナの目に止まり
秋口には2018年シーズンを東京Vで迎えることが決まっていたこととがあり、
シーズン後半は能力に見合った出場時間を得られなかった。
2019年までを東京V、2020年から2022年までは琉球でプレーし、
2023年は岩手でプレーすることが決まっている。
Jリーガー屈指のアニメ・声優オタクとしても有名。
(add:23/01/19)

渡辺健太(2021年〜2022年)
G大阪の下部組織で育ち、当時の上野山GMから声が掛かって讃岐に加入したGKで、
190cmの長身を活かしたシュートストップが特長。
所属した2年間はいずれもシーズンの半分ほどを第2GKとして過ごした。
現役バリバリでありながら前所属の福島で始めた育成年代の指導にも力を入れている。
物事に真正面から向き合い、考えを積極的に発信していく性格で
契約更新時及び退団の際のリリースには含みのある言葉も。
2023年は沼津に完全移籍し、第1節にPikaraスタジアムでいきなりの再会となった。
(add:23/03/14)

渡邉大剛(2017年〜2018年)
試合を読む力と正確な右足で貢献してくれたMF。
若い頃はサイドを切り開いていくドリブラーとして鳴らしていたが、
2016年夏の市場で讃岐に加入する頃には、試合を作る選手へと変貌を遂げていた。
リスタートを担当するなど能力に違わぬ活躍を見せるも
2017年終盤に負った負傷により2018年は出遅れを余儀なくされ、
そのままコンディションが上がらずにシーズンは終了。
契約満了となってしまう。
年を越して2019年2月まで現役続行の道を模索していたが
納得するオファーが届かず、2月18日に引退を発表。
その後は代理人としての活動、品川CCでアマチュア選手としての復帰等を経て、
現在はグロボル・フットビズ・コンサルティングのスタッフとして働きつつ、
解説業やメディア出演も行っている。
2023年からは横浜FCでプレーする渡邉千真と
2014年から2016年までYS横浜でJリーガーだった渡邉三城は実弟。
(add:22/12/26)

渡辺悠雅(2019年〜2022年)
JFLを戦う横川武蔵野FC(現:東京武蔵野シティFC)の下部組織で育ち、
高3時には同クラブで2種登録、5試合の出場経験を持つ快速サイドアタッカー。
独特のボールの晒し方から一瞬でトップギアに入り相手を置き去りにするドリブルが武器だが、
出場を重ねながら課題である守備をコツコツと改善し計算出来る選手になっていく一方で、
(チームが守勢に回ることが多かったことを考慮したとしても)
反比例するかのように攻撃での躍動感は影を潜めていった。
2022年をもって讃岐との契約は満了となり、
2023年はオーストラリア3部相当のブランズウィック・シティFCに新天地を求めた。
(add:23/03/02)


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